
第七話 マランデ帝国
戦闘から1時間後、オギン隊は5kmほどマランデ帝国領に入った補給拠点にいた。
「くそっ!まだ臭う!なんなんだアイツは!」
「半信半疑でしたが、チョーパラダイスが伝説の勇者の召喚に成功したという情報は本当なのかもしれません。」
オギン隊副隊長のレロレロルが手帳を見ながらオギンに話しかける。
レロレロルはメモ魔で、先程の戦闘についても詳細に記録していた。
「オギン様、勇者と呼ばれた男についてですが、私の見立てでは身長166〜168cm、体重74〜76kg、年齢は少し幅がありますが45〜59歳と思われます。あの締まりの無い顔と体。明らかにチョーパラダイスの人間ではないですね。」
「間近で見たあの顔は一生忘れられんわ!絶対に許さん……!」
「あら、オギン様がたかが1人の男なんかにそこまで執着されるなんて珍しいですね。」
「当たり前だ!ヤツは私の尻をハリセンなんぞで叩きおったのだ!!あんな……あんな屈辱は初めてだ!」
オギンは自らの鎧のように顔を紅潮させて怒りに震えていた。
オギンはマランデ帝国軍に入隊してから20年もの従軍の中で、一度も攻撃を受けたことがなかったのである。
「しかし、向こう側にも被害が出ていたようですし、連携がとれてないというか戦闘慣れはしてないようでした。」
ワーキンガーを浴びた若い男性兵士チュパラスが会話に加わった。
「俺もそう思います。無我夢中でスキルを唱えていたようでした。それにしても、あの臭いは…あれもスキルなのでしょうか。」
「そんなこと考えたくもないわ!」
「臭いの前に、オギン様のスリーサイズも言い当ててましたし、その後も詳細は不明ですが、何かスキルを発動していたように見えました。」
「オギン様、スリーサイズをサバ読ん……。」
オギンに心酔しているチュパラスは当然のように『公式』発表のスリーサイズを記憶していた。

「黙れっ!!誤差の範囲だ!今すぐ記憶から消せっ!!」
オギンは男性に対しては基本的に厳しいのである。
「御意!オギン様のスリーサイズはB90W58H92です!」
「その通りだ。その記憶の上書きは許さんからな。」
オギンはエロクテー=タ=マランデ帝国の首都マランナに到着すると、直ちに皇帝ペチョペリーナに報告を行った。
そして、すぐさま、幹部数十名が招集された。

エロクテー=タ=マランデ帝国の現皇帝で初の女性皇帝。
華奢な体で色白な、一見儚げな印象の美女だが、芯は非常に強い。
生まれ持っての才能から、若くして国内有数の軍事企業であるゼンラ重工を引き継ぎ帝国の軍事発展に貢献。
帝国の軍事部門の顧問に就任するが、サキッポダーケン五世の悪政に嫌気が差しクーデターを企図。
すでにサキッポダーケン五世に求心力は無く、クーデターはあっさりと成功し、自ら皇帝の座に就いた。
軍事拡大路線をとっているが、経済発展にも力を注いでおり、その政治手腕は非常に高く評価されている。
「オギン、斥候任務ご苦労だった。」
「はっ。」
「改めて、皆の前で報告を聞こう。」
「はっ。三十名の小部隊を編成し、チョーパラダイス側の防衛体制の偵察を行いました。国境を超えたモリモーリの森で、チョーパラダイスの騎士団を発見し、奇襲をかけました。」
「そこで、勇者と呼ばれる人物に遭遇したのいうのだな?」
「はい。非常に不愉快なスキルを操り、狡猾な男でした。死傷者は出なかったものの、一時半数近くが戦闘不能に陥りました。」
「ほう、半数が戦闘不能になりながらも死傷者を出さずに撤退出来たのは、さすがオギン殿ですなぁ。」
宰相のラーブ=ホイークはオギンの隠れファンであるため、オギン擁護の発言でポイントを稼いでいた。
「ホイーク殿、お気遣い感謝します。ですが、勇者と呼ばれる人物を目前にして討伐出来なかったのは無念の極みです。」
報告をするオギンに対し、ある人物が口を挟んだ。
「貴方の部隊は戦闘が主任務ではなかったのですから、別に攻撃しなくても良かったんじゃないのかしら?」
四天王の一人ミコスリー=デイカースだった。

オギンよりも一回りほど若いが、強引とも言える手段で凄まじい戦果をあげ異例のスピード出世を果たした若く美しい女将軍である。
四天王の中では一番若く、ミコスリーが台頭してきた頃から『マランデ帝国軍四天王』の俗称が使われだした。

自信に満ちた表情で見下すミコスリーに対し、オギンは冷ややかな目でミコスリーを見据えた。
「デイカース将軍、何が仰りたいので?」
「あら、言ったままの意味なのだけど、ご理解いただけなかったかしら。」
オギンはミコスリーの残忍で強引なやり方が気に入らず、また、ミコスリーはオギンの先走りに不満を抱いていた。
二人は日頃から馬が合わないのだ。
二人の間で静かな火花が散り、場の空気が極度に張り詰めた。
ほとんどの男性幹部は下を向いて関わるまいとしていた。
「任務通り、チョーパラダイス側の防衛体制がまだ整っていないことが確認出来ました。それに、戦闘の結果として勇者の情報が得られたのです。何がご不満なのですか?」
「やはり、ご理解いただけてないようですわね。ワタクシが言いたいのは、何故報告もせず単独で戦闘をしかけたのかと言うことです。」
「私には現場で判断する権限が与えられています。どちらにせよ接敵する可能性が高いと判断しての事です。」
「その結果、勇者などという胡散臭い輩に敗れた訳でしょう?敵を発見した時点ですぐに援軍要請をしていれば、私が出向いてそのゴミを片付けて差し上げましたのに。」
「デイカース将軍、敵をあまり甘く見ない方が良い。」
「敵を過大評価して臆病風に吹かれる方が、軍の士気にも関わると思いますわ。ねぇ、ラーブ殿?」
「あー、えー、どうでしょうかね……。(やめてー)」
あまりのバチバチ振りにほとんどの男性幹部達は緊張感で泣きそうになっていた。
特にメンタルが弱いゲーリー=ガデル産業相はそっとトイレに向かった。
それまで沈黙を守っていたペチョペリーナが口を開いた。
「ミコスリー、そのくらいにしておきなさい。」
「ですが、オギン殿のやり方は諸刃の剣なのでは!」
「なぁに?ミコスリー?」
優しい口調だったが、ペチョペリーナの目は笑ってはいなかった。
それに気づいたミコスリーは血の気が引くのを感じた。
あの目は、決して逆らってはいけない目だと。
「い、いえっ、申し訳ございません……!」
その目を見た関係の無いゲーリー産業相はそっと二度目のトイレに向かった。
「オギン、勇者の情報はとても有益だけど、次はもう少し慎重にね?」
「はっ、仰せのままに。」
ペチョペリーナの威厳、影響力がわかる一幕だった。
張り詰めた空気が少し緩んだところでラーブが仕切り直した。
「では改めて、勇者について、今後の対応はいかがなさいますか。他の二将軍のご意見もいただきたい。」
先に口を開いたのは四天王の1人ナンデーヤ=ネンナだった。

「うちはちゃっちゃとその勇者いうやつをしばいたった方がえぇと思うで。オギンねーさんが遅れをとったいうんやから、ほっといたらあかんのとちゃいます?」
ナンデーヤは何故か異世界にも必ず存在する関西弁(?)を操る将軍だった。見た目はギャルのようだが、実はそれなりの年齢。ナンデーヤは部隊の士気向上が非常に得意で、常に部隊の戦力以上の戦果を出す常勝指揮官だった。
そして、最後に四天王唯一の男将軍シバーラ=レタイが意見を述べた。

「その勇者ってヤツそんなにつえーのか?それならオラも戦ってみてーな。次、オラが行ってもいっか?」
シバーラは筋肉バカなところがあり、大抵のことはパワーで解決してきたタイプである。
見た目は自分のことを『オラ』と言いそうな顔で、本気を出すと髪が金色に逆立つ事が極稀にある。
しかし、ただの筋肉バカではなく、筋肉に関する知識は誰よりも深く、筋肉愛に溢れていた。
結局は筋肉バカである。
ただし、本当にただの筋肉バカではなく、筋肉愛を語る者は自薦他薦、男女問わず自分の部隊に取り入れ、筋肉パワー部隊を作り上げたのである。
つまりは筋肉バカなのである。
「ペチョペリーナ様、では、次はレタイ将軍に出陣していただいて良いでしょうか。」
「ラーブ。何故、一人ずつ行く必要があるのかしら?」
「はい……?大体一人ずつ戦うのがセオリーかと思いましたが。」
「だから”敵側”とされる方が必ず負けるのでは??四人で一気に行けばいいじゃない。」
「た、確かに……!!で、でも、それだと、話が早く終わってしまう可能性が……。」
「ラーブ?何を言っているの?」
「いえ…、私にもわかりません。」
幹部達はざわつきながらも、ペチョペリーナの常識にとらわれない判断に度肝を抜かれていた。
たが、不安も確かにあった。
今まで将軍クラスは必ず単独で行動しており、四人とも実力について疑う余地はないが、その個々の強さと個性故に将軍同士の連携については未知数なのである。
また、マランデ帝国はその国土の広さから、チョーパラダイス王国以外にも大小数ヵ国と隣接しており、一部の国とは緊張関係であった。
そのため、戦力の中枢である四将の集中運用は少なからずリスクもあった。
当然、ミコスリーは不満を漏らした。
「理屈はわかりました。ですが、諸将が私に足並みを揃えられるのでしょうか?」
当然、オギンが噛みつく。
「デイカース将軍、足並みを揃えてもらえないと戦えないのですか?」
当然、シバーラが筋肉バカ発言をする。
「オラの大胸筋がゾクゾクしてっぞ!!」
当然、ナンデーヤがツッコミを入れる。
「なんでやねん!!何を筋肉が個別にゾクゾクしとんねん!あはは!」
当然、ペチョペリーナは溜息をつくのだった。

「はぁ………。」
ペチョペリーナは気を取り直して幹部達へ指示を出した。
「四将軍は先程申した通り、連携してチョーパラダイスの要所を攻めて。ラーブ、諜報部を使ってこの情報をチョーパラダイス側へ漏れるよう計らいなさい。もし辺境諸国に動きあるようなら、トリアとアブノーが対応して。他は私が直接対応します。」
「御意。辺境はしっかり我々が抑えますのでご安心を。」
トリア=エズヌイーデとアブノー=マルデスは二人とも国境部隊を指揮する副将軍クラスの男性である。
「わざと情報を漏らすので…?」
意外な指示にラーブは戸惑った。「そうです。詳細はコレに。」
「はっ。承知しました。」 ペチョペリーナはラーブと各将軍に書類を渡した。
それを見たラーブは諜報部へ向かい、ミコスリーは一読すると、身を返し歩き出した。
「さぁ、みなさん、行きますわよ。出撃の準備を!」
「わかった!よくわかんねーけど、オラの外腹斜筋がゾクゾクしてっぞ!!」
「それしか言われへんのかーい!あははっ!ほなウチらもいくでー!」
オギンを除く三人はミコスリーを先頭に作戦室を後にした。
他の三将軍が退出するのを見届けて、オギンがペチョペリーナに疑問を投げかけた。
「ペチョペリーナ様、よろしいのですか?将軍クラスが一度に四人出撃するなど、戦力集中が過ぎるような気がしますが…。」
「オギン、貴女も先程申していたように敵を甘く見てはダメ。貴女が焦らせなかった男が、本当にチョーパラダイスに伝わる『伝説の勇者』だというのなら尚更ね。覚醒した伝説の勇者は想像を絶する力を秘めていると言われているわ。話を聞いた限りでは、その男はまだ覚醒はしてないようだから、今のうちに対処しておきたいの。」
「はっ。仰せのままに。」
オギンは権造への雪辱とミコスリーらとの連携への不安を抱きながら兵舎へ向かった。