
第六話 偵察任務
権造とナン率いる偵察隊は城壁を出て、国境に向かうのどかな道を進んでいた。馬に乗れない権造は荷物と一緒に荷車に乗せられ揺られていた。
「国境まであとどのくらい?」
「国境までは今のペースでは1時間くらいですが、敵はすでに国境を超えているという情報なので、それより先に接敵する可能性が高いですね。」
「ところで、ナンはどのくらい実戦経験あるんだ?」
「私は入団して約10年なので、隣国との小規模な戦闘には幾度も参加してます。マランデとの戦闘も経験してます。『焦らしのオギン』とも戦ったことがありますが、その時直属の部下が数名……。」
「やられたのか。」
「はい……。ヤられました……。骨抜きにされてマランデに行ってしまったのです。オギンはそこそこの年齢ですが、肌も綺麗でツヤッツヤのシルバーヘアをなびかせて戦う姿が見るものを魅了します。そして、年上好きには特にどストライクなのです。」
「……ん?」
「しかも、オギンのテクニックはものすごいんです。私は近くで目にしただけですが、見ただけでそれはもう気持ち良さそうでした…。」
「一体どんな戦い方なんだよ。」
ナンの後ろに続いていた兵士が会話に加わってきた。
「私の一番の親友で戦友だったマズナ=メールも、オギンにヤられてしまいました…。オギンはとにかく速いんです。」
「ヤマゴン様、こいつは隊長のオクマ=デトドックです。」
「まぁ、聞こうか。」
「6年前の最後のマランデ侵攻の時、私はまだ騎士団に入団したばかりでした。マズナと私は初陣ということで後方支援に就いていたのですが、突然マランデ軍が現れたのです。それが『焦らしのオギン』の部隊でした。」
オギンは少人数の部隊で後方撹乱を得意としており、少人数で高機動のため捕捉が困難であった。
「新兵ばかりだった私達の部隊はたちどころに混乱に陥りました。オギンは一瞬で何人もの戦友を焦らしていきました。」
「……(コレ笑っちゃいけないのか?)。」
「その中にマズナもいたのです。私達は当時まだ成人したばかりでそういう事にまだ不慣れであったため狙われたんでしょう。相当気持ち良かったようで……マズナは帰ってきませんでした……。」
「死んだわけじゃないのね。」
「オギンは殺しはしません。ですが、マランデに連れて行かれてからどうなったのかはわかりません。」
「そんなに気持ちいいんなら、むしろ一度にお世話になってみたいくらいだが。」
「ヤマゴン様、なんてことを……!?一度魅入られたら最後…死ぬまでオギンの下僕として酷使されると言われてるんですよ!?」
「そ、それは嫌だな。」
そんな話をしながら権造達は国境近くのモリモーリの森に入っていった。

森の中は日中にも関わらず、霧が立ち込め薄暗かった。
「まずいですね。視界が悪い。小隊毎に密集隊形!横列で前進!警戒を怠るな!」
ナンが指示を出すと部隊は横一列の隊形になり、森を進んだ。権造は荷車の中でただビクビクしていた。
しばらく何もないまま進んだところで、オクマが何かに気づいた。
「副団長、あそこ見てください。木が伐られています。何者かが通ったのでしょう。」
「ふむ……。幅や草の踏まれた程度からして、小人数だ。オギンかもしれないな。各隊、臨戦態勢をとれ!」
権造は荷車から顔だけ出してナンに声をかけた。
「オ、オ、オギンが近いのか?」
「恐らく。ヤマゴン様も戦闘準備願います。あ、兜を外しておいてください。」
「え!やばい、怖い……。」
「さぁ、ヤマゴン様!ハリセンとメガホンを持って!」
「これでどう戦えばいいんだよ……。」
その時、左翼の兵士が叫ぶのが聞こえた。
「敵襲!!オギンだ!!…ぐわぁ!!」
突如オギンの部隊が現れ、不意を突かれた左翼の一小隊が包囲された。
「ほら、ヤマゴン様、行って!!」
ナンにどつかれながら権造は足をプルプルせながらオギンの方へ向かって行った。
「い、いやいやいや、普通に剣を持った男とかいるじゃん。厶厶厶厶ムリムリムリムリィィイイイイ!殺されちゃう!」
権造がうずくまっているとナンがオギンに向かって叫んだ。
「オギン!!ここにおわすは伝説のマグワーズの勇者様だ!!生きて帰りたくば降伏しろ!」
「おい!何言ってんだよ!げっ、こっち見てるじゃん……。(そんなに若くはないが、確かにいい女だな。)」
「だぁれが若くはないだってぇえ!?」

オギンはエロクテー=タ=マランデ帝国軍四天王の1人。「速さこそ強さ」という信念を持ち、神速を持って敵を焦らし、さらに放置するという戦法から「焦らしのオギン」の二つ名がついた。その速さから、軍に入隊してから1度も直接攻撃を受けた事が無い。深紅の鎧とツヤッツヤのシルバーヘアーがトレードマーク。見た目は若いが実は42歳と意外と年齢はいっている。年齢とスリーサイズについては非常に敏感。
オギンは権造の呟きを聞き逃さなかった。オギンは権造に狙いを定めると、一気に突進した。
オギンが纏う深紅の鎧の鈍い輝きが残像を残すほどのスピードだった。

「嘘だろ!?今のが聞こえたのか!?」
「は、速いっ!ヤマゴン様!気を付けて!」
「貴様が本当に勇者様だと言うなら、始末してしまえば第一級の戦功だねぇ!覚悟しなっ!!」
「や、やっべぇ!!」
「ヤマゴン様!スキルを!!」
「スキル!?えーと、なんだ?えーと、シーザ・スリーサイズ!……B85W65H88か。悪くはないな。」
「貴様っ!!公式にはB90W58H92で発表しているのに、な、何故リアルな数字を知っている!!」
オギンは意外に動揺しているようだったが、突進は緩めなかった。
「ヤマゴン様、どんどんスキル出して!!」
「うわぁ!!えっと、アンプレザント…!!」
「なんだこの、得も言われぬ不快感は。なんてキモいのだ。イライラする…イライラするぅ!!焦らす前に消し去ってやる!!」
「逆効果じゃん!!えっと、あと……ワーキンガー!!」
権造の体から例のなんとも言えない色のオーラがモワッと発現した。

「なんだアレは……?うぐっ!?」
権造のワーキンガーはすでにオギンを射程に捉えていた。吸い込まれるようにオギンは権造のオーラに包まれた。
「く、くっさぁい!!ちょ、何この加齢臭を煮詰めて瓶で五年くらい発酵させたようなニオイは!おえぇっ……。」

突進の勢いでワーキンガーを至近距離で浴びたオギンは権造の目前で立ち止まり、膝をついた。
「スッパァアアン!!」
その時、なんと権造は無意識で咄嗟にオギンの臀部をハリセンではたいた。
「きゃん!!」
「あぁあっ!!ごっ、ごごっご、ごめんなさいぃぃ!!」
権造は思わず謝った。
「オギン様!大丈夫ですか!!」
ナンの小隊を包囲していたオギン隊の兵士達がオギンに駆け寄った。そしてワーキンガーの射程に入った。
「うわー!!くっせぇ!!くっせぇ!!くっせぇわ!!」
そして、権造臭に包まれたオギンと10名のオギン隊の兵士とナンの偵察部隊の20名が倒れた。
「うぅ……て、撤収だ!貴様の顔は忘れんぞ!!覚えてろぉぉぉおおぇええぇ……。」
オギンは権造を睨みつけながら、部下に抱えられて撤退して行った。
「副団長!追撃しますか?」
「いや、こちらにも被害が出ている。偵察の任務は果たせたし、深追いは禁物だ。犠牲者無しでオギンを撃退出来たのは大収穫だ。」
「さすがは勇者ですね。それにしても、臭い……。」
「あぁ、臭いな。だが、思った通りだ。あのオギンをいとも簡単に倒したんだ。ヤマゴン様は伝説の勇者に間違いない。」
偵察隊の面々は権造の勇者としての力量に感嘆すると共に、今後近づくのは止めようと思うのであった。そして、当の権造はオギンのひと睨みで完全に気を失っているのであった。